W不倫はいつどんな風に始まるのだろう

2018年10月11日

W不倫

つきあってる男女の片方または両方が結婚してる状態を不倫と言います。
ま、そんなことは今さら改めて言うようなことではないんだけど、今回の話題は両方に家庭があるんですというW不倫のお話。

それぞれにパートナーがありながら他の人と関係を持つなんて、いやらしい!人としてあるまじきことです!と言われそうですが、本人が黙ってるだけで周りにはW不倫してるんですぅ~という人は予想外にたくさんいます。

この人の道に反するけど意外に多いW不倫は、なぜ、どうやって始まるのでしょう。



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それは真の愛か娯楽の一種か

片方がシングルの不倫は、シングル側にとっては普通の恋愛と感情的にはなにも変わらないものです。ただ、相手に『すでに』家庭があって、「ずっと一緒にいたいよねー」と語り合ったとしても役所に婚姻届を貰いに行けないというだけのこと。

それに対してW不倫は、双方に別々の生活という世界があって、お互いがそれを壊す気がないのが普通です。片方がシングルの場合と違って同じ方向を向いているので、双方の気持の温度差が少なければ長続きしやすいです。

結婚して生活を共にするという必ずしもいいことばかりではない領域を共有しない分、W不倫はおいしいとこ取りです。
家族に対する後ろめたさを多少なりとも感じながらの逢瀬は特別な時間ですから、いきおい相手を大切に思います。生活臭の外側での人間関係は自分のいいところだけ見せていればいい。

そう考えればW不倫は娯楽的な一面もあるのでしょう。

結婚してるからこそ分かる、家族に対する愛情と不倫相手に対する愛情の違い。
永遠が欲しくて結婚しただろうに、その結婚生活が妻や夫以外の純粋に相手だけを見つめる関係を求めることになるのは皮肉なものです。


W不倫はどこで始まる?

合コンで知り合った彼氏と彼女と違い、W不倫の相手は圧倒的にもとから顔見知りの割合が多いです

例えば職場の同僚だとか。
PTAや地域の集まりだとか。

不倫なんて自分とは無縁だと思ってる人は、PTAの集まり?!そんなの絶対ない!と思うでしょうが、甘い(笑)こういう場でそーゆう関係になってしまう大きな原因は、そもそもそういうつもりがないからです。

なにそれ意味わかんないと思いました?そういうつもりがない=感情的なインパクトに対する防壁がないってことです。

たとえば合コンに行くのならわくわくドキドキを期待してますからある程度身構えてます。しかし、PTAの会合みたいなそういうつもりがない場で何かの弾みでどきっとすると一気になし崩しになりやすい無防備さがあるのですな。

PTAや地域の集まりなんていう、がっつり生活領域の中で始まる不倫は、場をてきぱきと仕切れる男性に注目が集まりやすいので、そういう人にちょっと水を向けられると特別扱いされたような気がしてごろごろっとそういう関係になっちゃうケースが多いみたいですね。

同窓会ってのもW不倫カップル誕生のステージになりやすい場です。
こっちはPTAの集まりなんかと違って、少し日常生活から外れた位置にあります。

同窓会でそーゆう関係になっちゃう理由は、気持ちが学生時代に戻ってしまうのが1つ、もう1つは相手が生活圏内にいないことが多いからでしょう。

普段の生活から離れていいかっこしてきた同級生たちは、我が家のダンナさんよりはるかにかっこよく見えます。言い換えれば我が家のダンナさんも同窓会に出ればかっこよく見えてる可能性があるってことでもあるんだけど。

職場でW不倫も多いですね。役所とか実はうじゃうじゃしてる(笑)不倫中の当人たちがよほど嫌われてない限り、職場では見て見ぬふりです。

この頃多いよなと思うのがネット遠恋のW不倫。
SNSは偉大です。会う前からお互い恋に落ちちゃう。

顔見てからじゃないと相手を好きになれないタイプの人には理解できない世界かもしれません。しかし、この形でカップルになっちゃう人は、そういう人しか出せないオーラが確実に出ていて、同じようなオーラを持っている人を引き寄せます。すごい不思議なことなんだけど、ホント。

対面では出せない素の部分を出して受け入れてもらった上で面会に進むパターンが多いので、なかなか会えないこともあいまって盛り上がります。初めまして会いたかったという摩訶不思議な挨拶を交わした後、想像してた通りの人だぁと思ったらもうメロメロ。

普段自分が生きているリアルの世界とは一線を画したところで付き合ってる感じなので、夢見心地というかこれが真の愛だと思っちゃうんでしょうね。

W不倫は蜜の味?

男性とは「あわよくば」の生き物です。
結婚しててもそれは変わりません。家に帰ればパパと呼ばれてようが会社で課長と呼ばれてようが、肩書きを外せば素の『男』です。すべてのダンナさんが不倫に走らないのは、「あわよくば」の部分を表に出すか出さないかの違いです。

女房という種族は、男にとって「あわよくば」を感じない人種です。当たり前にそこにいるんだから感じないのは当然。この「あわよくば」を満たしたい気持がスケベ心と言いますか浮気心と言いますかです。

ダンナさんたちも同様で、結婚して家族が増えたりすると嫁さんにとってダンナさんは家庭内の部品みたいに見えてきやすい。なんせ『女』の部分を強調しなくても逃げない安心感がありますから特別感はなくなっちゃいます。

家庭の中って生身の『男』と『女』をむき出しにしないほうが上手く行くんです。しかし世界は家庭の中だけにあるわけじゃない。ダンナさんも嫁さんも素の男と女の部分を失ったわけでもない。

よそん家のダンナさんにとってよその奥さんは『お母さん』ではありません。よそのダンナさんも『パパ』ではありません。素の『男と女』です。はい、生身の男女として扱われたい需要が一致ぃ~。

W不倫中の彼と彼女は、お互い同じレベルの秘密を抱えます。家族にばれるのだけは避けなくちゃならん秘密。

内緒ごとは一人で抱えず誰かと共有したほうが楽ですからね。こうしてW不倫のカップルは生身の部分だけをすり合わせながら続いていくのです。



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